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DNA鑑定スゴい。「ストーンヘンジ建設者」の祖先が辿ってきた経路が判明する

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Point
■DNA鑑定により、ストーンヘンジ建設者の祖先が地中海地方からやってきた移民であることが判明
■彼らは農耕文化だけでなく、石造のモニュメントをつくる巨石文化ももたらした
■わずかにいた先住民との交配の痕跡は、DNA鑑定ではほぼ示されなかった

この前は殺人犯も判明したし、DNA鑑定無敵すぎません?

ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)およびロンドン自然史博物館の共同研究により、ストーンヘンジ建設者の祖先がイギリスにやってくる以前に辿ってきた経路が明らかなりました。

チームは、イギリスで発見されていた新石器時代人の化石から採取したDNAと、同時期にヨーロッパに住んでいた人のDNAとを比較。するとイギリスの新石器人は、地中海地方のアナトリア(現在のトルコ)を抜けてイベリア半島に移動していたことがわかりました。

そして紀元前4000年頃になって、ようやくイギリスへと到着したとのこと。研究の詳細は、4月15日付けで「Nature Ecology & Evolution」上に掲載されています。

Ancient genomes indicate population replacement in Early Neolithic Britain
https://www.nature.com/articles/s41559-019-0871-9

巨石文化をもたらした移住民

紀元前6000年頃、ヨーロッパ人の大移動がアジア大陸の最西部アナトリア地方からスタートしました。イギリスへの移住もその流れの一部です。それ以前のヨーロッパは人口が少なく、人々は狩猟や植物の採集をして暮らしていましたが、この移動がきっかけとなって農耕文化がもたらされました。

移住民の流れは主に2つのグループに分けられます。1つはドナウ川を通ってヨーロッパ中央部へと北上したグループ。もう1つは地中海に沿ってイベリア半島へと西に進んだグループです。

そしてDNA鑑定によると、新石器時代のイギリス人は後者の地中海ルート組に属することが判明しました。研究チームは彼らの経路について、「イベリア半島からフランス入りし、ウェールズあるいはイングランド南西部へと入っていったのでは」と考えています。

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そして移住民がイギリスにもたらしたのは農耕文化だけではありませんでした。彼らが持つ大きな特徴は、巨大な石を使ってモニュメントをつくる巨石文化だったのです。その代表例が、ウィルトシャーにあるストーンヘンジです。

ストーンヘンジ建設の時期が紀元前3000年頃であることを考えると、この移住民こそがストーンヘンジ建設者の祖先に当たると考えられます。

先住民とは交配しなかった?

移住民がやってくる以前のイギリスには、すでに少数の狩猟採集民族がいました。しかし移住民と現地民との混血は、DNA鑑定によってほぼ示されなかったようです。

その証拠に両者の容姿に大きな違いが見られます。

去年顔の復元作業が行われた「チェダーマン」は、紀元前7100年頃に生きていたと思われるイギリスの狩猟採集民族で、いわゆる「先住民」です。彼の復元像を見てみると、青い瞳に黒々とした肌色をしていることがわかります。

「チェダーマン」の復元像 / Credit:bbc.com

反対に移住民のDNAをもとにした復元像は、茶色の瞳に比較的色白の肌、焦げ茶色の毛髪をしていたことが 分かっています。おそらく先住民は、移住民に取って代わられたのでしょう。

新石器時代のイギリス人の復元像 / Credit: REUTERS

しかしロンドン自然史博物館の古代DNA専門家・Tom Booth氏は「まったく交配がなかったというよりも、もしかしたらDNA痕跡として残るにはあまりにも先住民の人口が希薄だったのかもしれません」と説明しています。この点に関してはさらなる研究が必要とのことです。

 

とはいえ、ストーンヘンジ建設者の祖先たちが地中海地方から来たニューカマーであったことは確実です。古代人たちのお遍路歴までわかるなんて…DNA鑑定おそるべしですね。

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reference: bbc / written & text by くらのすけ