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現在イタリアでヒーローになっている、火あぶりの刑に処された哲学者ジョルダーノ・ブルーノ

ジョルダーノ・ブルーノ / Credit: Wikipedia
Point
■1600年に異端思想で火あぶりの刑にされたジョルダーノ・ブルーノが、現在、イタリアで「自由意志」と「寛容」のシンボルとなっている
■厳しい弾圧の中でも、意志を曲げなかったことが、イタリア市民に対して大きく影響し始めている
■さらに、民族間の平和を祈る「寛容さ」が、イタリア右翼政党の「反移民」方針の見直しを助長する鍵となっている

2月17日は、イタリアの哲学者であったジョルダーノ・ブルーノ(1548年〜1600年)の命日でした。彼は、1600年に、異端思想のかどで火あぶりの刑にされて以来、長きにわたりカトリック教会からその功績をひた隠しにされてきた人物です。

しかし彼は現在イタリアで、「自由意志」と「寛容」を象徴するヒーローとして讃えられ始めているようです。死後400年以上も経った今になって彼が注目を浴びるようになった背景には、一体何があったのでしょうか。

「私よりも君たちのほうが恐怖に震えているじゃないか」

ブルーノの人生は波乱万丈で、その半生は放浪生活に費やされました。1576年にはすでに異端思想の嫌疑をかけられて、92年までナポリからローマ、スイス、フランス、イギリスとヨーロッパ各地を転々とします。その原因は、彼が「地動説」を支持したこと、そして当時有限であったと考えられていた宇宙観を「いくつもの世界を内包した無限なもの」と主張していたことでした。

1593年、ついにブルーノは、神学教義に反する主張や神への冒涜といった理由で捕まり、7年間も獄中生活を送ることになります。

ブルーノは異端審問の際、自説を全面的に撤回するように命令されましたが、これを断固として拒否。結局ブルーノは、刑執行の直前になっても自らの意志を曲げようとはせず、ローマにあるカンポ・ディ・フィオーリ広場にて火あぶりの刑に処されてしまいます。

刑を目撃した学生の手記には、ブルーノが口にした最後の言葉が記録されています。

「私よりも宣告を申し渡した君たちの方が恐怖に震えているじゃないか」―

彼の意志の強さが、すべてこの言葉に凝縮されているといっても過言ではないでしょう。

イタリア右翼政党への反動としてのブルーノ

その後ブルーノの著作は、キリスト教の考えから逸脱しすぎているとの理由で禁書目録に加えられてしまいます。しかしそれでも、ヨーロッパの自由思想家たちによって細々と読み継がれてきました。

ブルーノの思想は彼の強い意志と同様に、一貫したものです。それはカトリックとプロテスタントとの間にある溝を無くし、当時ヨーロッパ中で問題視されていた宗教的分裂を解消すること、そして多様な民族をひとつに取りまとめるというものでした。その目的のため、彼はエリザベス一世に直接謁見して、支援を頼み込んだこともあったようです。

厳しい弾圧の中でも自分の主張を曲げず、世界の平和を願い続ける姿勢は、現代のイタリアにおいて重要性を増しています。というのも、現在イタリアの右翼政党が取る「反移民」の方針に対して、ブルーノの「民族への寛容さ」が大きな影響を及ぼし始めているのです。

カンポ・デ・フィオーリ広場にあるブルーノ像 / Credit: Sputnikcccp~commonswiki

また政治面だけでなく、一般市民にとってもブルーノの「自由意志」の尊重と「忍耐」が注目を集めるようになっています。現在イタリアでは毎年2月17日になると、ローマにあるカンポ・ディ・フィオーリ広場のブルーノ像に人々が集まり、献花をする運動が恒例化しているほどです。

過去、命と引き換えにしても守り通した彼の思想。それが今、精神的な強さを表すものとして、現代のイタリア市民の内に花を咲かせ始めたのです。

 

reference: theguardian / written & text by くらのすけ