都市伝説・考察・陰謀・不思議・オカルト

沖縄で生まれた私に起こった数奇な出来事

投稿 Kさん

いつも楽しくアトラスラジオを拝聴させて頂いております。そして、メールマガジンも楽しく拝読させて頂いております。私の体験は些細なものだと思いますが、もしもお読み頂けましたら幸いでございます。

私は幼い頃から視えない者が視える体質だったようです。後から聞くと、私の両親も視える体質であり、また私の伯母は沖縄でユタをしておりました。メールを書きながら幼い日々を思い返してみると、いろいろな事があったなと感じます。

幼稚園にあがるまでは、一人っ子の私には必ずお友達の女の子がそばに来てくれ、いつも一緒に遊んでもらっていた記憶があります。また、沖縄の母の実家へ行った時にはキジムナーとかくれんぼをして遊んでいた記憶が朧気にあります。キジムナーは、私には視えますが、同世代の従姉妹達には全く視えておらず、嘘つき呼ばわりをされていました。

自分以外の人が考えていることも、敏感に察してしまう私は、父方の祖母には本当に疎まれました。祖母は私の母と父との結婚にはとても反対であり、母の生まれ故郷が沖縄である事をとてもバカにしていた世代のようでした。私は沖縄に身内が居ることを誇れる世代ですが、戦争を経験した祖母には、アメリカに奪われた土地という事で、とてもバカにする理由となったようです。

祖母が口には出さなくても、私と母を疎ましく感じている事が手に取るように感じられたので、母が虐められないように、いつも祖母の前ではいい子でいました。しかし全く好いてはもらえず、いつも嫌われていました。祖母は私が祖母の心を見透かしているのを感じていたのでしょうか・・・「なんて因果な孫なんだ」と、苦虫をかみ潰したような顔でじっと見据えられ、言われたことを今でも覚えています。




小学生になった時、引越しを機にとても虐められるようになりました。いつもクラスの中心の女子には目をつけられ、
とても心では寂しさを感じている子供でした。

ある時、小学校の教室のベランダ側の外壁の穴に、小さな生物が居ることに気が付きました。その生物は米粒程の大きさで全身は真っ白。顔はないけれど形は人の形をしており、とても可愛らしい存在でした。私はその生物と友達になり、仲間はずれにされている寂しさをいつも話していました。

「今日は〇〇ちゃんに、こう言われて仲間はずれにされた。私に私だけのお友達が欲しい。」

いつも、友達が欲しいという事を強く願っていました。そんなある日、その生物がお友達をあげると言ってくれ、転校生の少ない地域であるにも関わらず、転校生が来ました。親友にはなりませんでしたが、仲間はずれにされない友達ができました。

中学生、高校生の時代になると、私の霊感?と呼べるものは、悪いものを最大限に引き寄せるようになりました。中間テスト、期末テストの時には、夜中に勉強する事ができなくなりました。自室で勉強をしていると、私の背後で睨みつけている女性だったり、男性だったり、その方達の冷ややかな憎悪の心を感じて全身が寒さで総毛立ち、全く勉強に手がつかなくなりました。

日中では、学校のトイレで一人になると、誰かが入ってきて、私の入った個室の前で佇んでいるのを感じました。休み時間が終わってしまうため、いつも目をつぶり、個室から走ってトイレから逃げていた記憶があります。

中学の時、急な発熱で学校をお休みしました。熱が高く横になっていると、急な金縛りで動けなくなりました。金縛りにはよくあっていましたが、その日はいつもと違い、足元の方から圧迫感と共に、頭の中にザーザーと耳鳴りともなく
テレビの砂嵐の音が響き始めました。

体が動かず、変な汗が流れてきたのを覚えています。いきなり、足首を掴まれました。その次に膝を上から抑えられま
した。次は太もも。お腹をぐっと押さえつけられ、胸を強く上から押さえつけられました。『このままではどうなるんだろう?』と、思っていた時、今度は首を絞められました。呻いている私の首を離して、次は、顔を両手で押さえつけられました。

怖かったのですが、怖いもの見たさで、私は両眼を開けました。すると、私の顔を押さえつけている男の人の大きな両手が見えました。次の瞬間、頭の中に「お前のことは絶対に許さない」と、響きました。私はそのまま意識を失いました。

高校二年生の五月頃、私は鏡に移る自分の顔が他人の顔に見えるようになりました。鏡の中の私は、狐のように両目が釣り上がり、顔面蒼白の怒った女の人の顔になっていました。私は大泣きしながら、母に、「私の沖縄のユタの伯母さんに電話して。私の顔じゃない」と、泣きながら大声で叫び、意識をそのまま失いました。

驚いた母は、叔母にすぐ電話してくれました。叔母の言うことには、戦争で亡くなった(当時19歳の女学生)母の姉が、「今年の供養の日に誰もお参りに来てくれなったからとても寂しかった。だから、私の傍にきている。供養をきちんとして欲しい」と、言っていると話してくれました。そして、「夏休みには(私が)沖縄へ行き、供養をしましょう」と言って、約束をしました。

夏休みに沖縄へ行くまでの間は、夜間の空襲を疑似体験するため、夜が全く眠れなくなりました。夜間は布団を被り、部屋の中で天井をみて怯えて暮らすようになりました。しかし、その年の夏休みに、母のお姉さんの供養が出来て、霊障は治まりました。

大学卒業し、働きに出てからも、道端で名前を呼ばれて振り返ると誰もいない。とか、夜中に金縛りにあったり、幽体離脱をして自分の体を見下ろしたり、時には離脱したままお外を浮遊して楽しんだり等の体験もありました。

24歳の時、私は仕事で疲れ果ててしまい、肺炎を患い、あと5分遅かったら死んでいたという体験をしました。その時には初めて走馬燈を観ました。病院のベッドで意識を失っていた時の事です。真っ暗な視界の中に、急に映画のスクリーンが広がりました。私の誕生日から、成長過程の出来事、私が忘れている事まで全てが映画のように流れていきました。とても心地がよく、『ああ、このまま死んでしまうのだ』と感じました。そして、『このまま死んでも悔いはない。とても心地いいなぁ』と、感じていました。

しかし、24歳の自分が映し出された瞬間、まだ会っていない友人の顔が浮かびました。その途端、私は急に『まだ死ねない!』と、強く感じて目が覚めました。目が覚めると、涙目の母がおりました。私は昏睡して意識を失い、ずっと眠っていたようです。そして、生還しました。




25歳の時、私は生まれて初めて海外へ社員旅行で連れて行ってもらいました。香港でショッピングを楽しんでいたのも束の間、私は熱中症で40度の熱を出しました。せっかくの海外でしたが、ホテルで一人休むことになってしまいました。

ホテルで寝ていると部屋のドアが開き、誰かが入ってきました。同室の友人が心配して、早めに帰ってきてくれたのかな?と、感じました。友人が心配して、私の顔を覗き込んでいる気配を感じて、目を開けました。しかし、目を開けた私の15㎝ほど先にはキョンシーの顔がありました。

私は熱でうなされていたので、ああ、キョンシーまで見えるくらい私は熱でおかしくなっているのだな。と、ぼーっとキョンシーの顔を眺めていました。なんとも心配そうに、私の顔を見つめているキョンシーの顔を今でもはっきり覚えています。何分程なのかは分かりませんが、見つめあっていました。そして、熱が高く目を開けるのも疲れた私は、そのまま意識を無くしたようです。

次に目が覚めた時には、友人がいてくれて、「良かった。目を覚ました。大丈夫ー?」と、話しかけられました。不思議にも、私の熱は下がり、とても体が軽くなっていました。私はキョンシーが助けてくれたと強く感じました。異国の幽霊?も、慈悲の心で助けてくれるのだと感謝したのを覚えています。

会社の寮で初めて一人暮らしをした時、毎日誰かが住んでいるのを感じました。家に帰ると、誰かが今までいたエネルギーを感じるのです。夜中になると、暗い天井に一旦木綿のように布がふわふわ楽しそうに舞っていたり、着物の裾を引きずりながら、女性が歩いていたり、特に何も悪いことはしてこないので、あまり気にしないようにしながら、何人かの存在と同居していました。そんな生活は約4年続きました。

それ以降も、現在まではいろいろな体験をさせていただきました。

しかし、私の本当の人生の転機は3年前になります。自動車事故で、私は頸椎損傷と腰椎捻挫、中心性脊髄損傷と診断されました。事故から一年半はほとんど寝たきりで、家事も何もできないくらい体が痛く、苦しい日々でした。そんな状態のある日、沖縄の従姉妹の姉が何気なく電話してきてくれました。私は事故にあってから体が動かず辛い事を話しました。すると、姉が出会った沖縄の霊能者の先生を紹介してくれました。私はその先生と連絡をとり、今の自分を視てもらいました。

私の交通事故は、磁場が悪い場所で引きずられてしまい起きたそうです。確かに以前からその場所を通ると晴れた日でも重苦しく黒いモヤがかかっているように視えるため、あまり好きな場所ではなかった事。また、その日はなんとなく事故には注意しないとと感じていた事を思い出しました。

その他にも、ここには書ききれないような前世の事、そして、私が主人の転勤で行った地には意味があり、その地において知らないうちに神様より御霊をいただいていた事などを知りました。

その先生曰く、私はアジアの平和を祈る姫巫女の使命をもって生まれてきた。それになかなか気がつかないため、沖縄で言うと「神ダーリ」(ユタなどの霊媒師、ノロなどの儀式人が、巫女となる過程の中で発生する心身の不調のこと)のため、体調を崩していたとの事でした。

その使命を教えていただいて以来、普通では仕事もできず、半身不随でもおかしくないと言われる症程の体の欠陥を抱えておりますが、おかげさまで普通の生活を送れるようになってきています。

私は視覚ではなく、聴覚や夢で聞いたり視たりする能力のようです。これからは、視覚も鍛えるため、努力していこうと感じております。

随分と、長くなりまして申し訳ありません。私には超能力アベンジャーズの皆様のように、突出した能力や目に見えて分かるような立派な能力と誇れるものはありません。しかし、霊能者の先生が教えてくださった使命があるのでしたら、この身を皆様のお役に立てるように今後は努力精進していきたいと考えております。

最後まで、この拙い文章、乱文乱筆にて、大変失礼いたしました。これからも、敏太郎先生はじめ、アベンジャーズの皆様のご活躍を心よりお祈り申し上げます。

お忙しい日々と存じますが、くれぐれもお体にはお気をつけくださいませ。最後までお読みいただきました事、心より感謝御礼申し上げます。本日は誠に、ありがとうございました。

(山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

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