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元々は鬼を払う役割だった…節分の鬼へ姿を変えた「方相氏」





2月のイベントといえば節分。皆さんの多くは先日の日曜日、家族でそれぞれの行事をされたのではないだろうか。

さて、節分というと、「鬼は外、福は内」と言いながら鬼に豆を投げるあの行事を思い浮かべる人も多いだろう。そんな節分の鬼の元になったのが鬼神「方相氏」だ。

古代中国、宮廷では新年の前日である大晦日に邪気や悪鬼を打ち払い、新たに年を迎える行事として「追儺」の儀式が行われていた。この時、疫鬼や悪鬼を払う存在として儀式に登場したのが方相氏だ。




方相氏は4つの目を持つ四角い仮面を被り、右手に戈、左手に大きな楯を持ち、熊の革をかぶるという恐ろしい格好で登場する。そして、侲子と呼ばれる子供の従者を引き連れて儀式を行い、最後には門の外に疫鬼や悪鬼を追い出すとされていた。

後にこの文化は日本にも取り入れられ、宮中行事として行われるようになる。一方で、9世紀頃からは日本独自の「鬼」に対する認識から、儀式の中で目に見えない鬼を恐ろしい格好で追い立てる方相氏自体を「鬼」と認識するように移り変わっていく。

やがて宮中行事としての追儺の儀式は行われなくなったが、民間では「節分」の行事として残り、「鬼を子供が追いかけて打ち払う」行為として現代まで伝えられるようになったのではないかと考えられている。

(田中尚 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像©Wikipedia 吉田神社での追儺 『都年中行事画帖』(1928年)より