都市伝説・考察・陰謀・不思議・オカルト

ホラー映画に登場した「悪魔の風」/昭和こどもオカルト回顧録

ダリオ・アルジェントが描く「スイスのトランシルバニア」

フェーン現象による熱風によって人の精神が異常をきたし、凶悪な殺人事件などが続発する……。

小学生のときに読んだそんなオカルト本の記事のことなどすっかり忘れてしまっていた大学生時代、僕は崇拝するイタリアンホラーの巨匠、ダリオ・アルジェントの新作映画を観た。これがまさに『四次元のなぞ』で語られていた「悪魔の風」をモチーフにした作品だったのだ。そう、彼の80年代の代表作である『フェノミナ』(1985年)だ。

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ダリオ・アルジェントがジェニファー・コネリーを起用して撮ったファンタジックかつグロテスクなホラー映画。少女ばかりを狙う姿なき連続殺人鬼に、昆虫と交信できる超能力少女と車椅子の昆虫学者が挑む。

 

舞台はスイス、チューリッヒ郊外。ここで少女たちが次々と犠牲になる謎の連続殺人が起きるのだが、映画は最初の犠牲者が惨殺される場面からはじまる。真っ昼間、美しいアルプス地方の風景が広がるなか、バスに乗り遅れてしまった観光客の少女がひとり、とぼとぼと歩いている。ホラー映画の惨劇の舞台としては、あまりに明るくて開放的な風景だ。カメラはひとりで遊歩道を歩いてゆく少女をロングで捉えるが、やがてクレーンによって視点はふわりと空中に舞いあがり、アルプスの山々や点在する森、緑の草原などを美しく映しだす。まるでポストカードのように優美で豊かな大自然の光景なのだが、その美しさがどこか白々しく、妙に不穏だ。

そして、カメラはいかにもアルプス地方らしい針葉樹の巨木に近づき、その幹に沿って下から上へとゆっくりパンしてゆく。このときに、「悪魔の風」の存在が見事に視覚化されるのである。サワサワサワ……と風に揺れる葉のざわめきが少しずつ大きくなり、そこに元ストーンズの地味担当、ビル・ワイマンが手がけたなんとも奇妙な響きを持った音楽が重なる。いかにもホラーといったおどろおどろしいものではなく、アルプスの山々の映像にふさわしい牧歌的なメロディーの断片と、妙に不安を煽る電子音、なにやら焦燥感をかきたてる不吉なギターのフレーズが交錯する。そして少女は、草原の遊歩道の奥に一件の山小屋を発見する……。

まだ何ひとつコトは起こっていないし、映っているのは壮大で美しいアルプスの自然の光景なのだが、ゾワゾワする禍々しさに満ちた素晴らしいオープニングだった。もちろん少女はアルジェント映画ならではのエグい方法で惨殺され、これをきっかけにおぞましい凶事が続発。そして事件を解明しようとするマクレガー博士(ドナルド・プレゼンス)なる人物が、主人公であり、これが主役デビューとなる超絶美少女ジェニファー・コネリーに語るのである。

「チューリッヒには特別な風が吹く。この地方独特の熱風だ。アルプス産の風だよ。気温が異常に上昇し、雪崩が起きたり、花が狂い咲きしたりするんだ。頭痛がしたり、発狂してしまう人もいる。ここはスイスのトランシルバニアなんだよ」

 

「完璧な美しさは必ず“病的”である」

オカルト本ばかりを読んでいたボンクラ小学生時代の記憶を呼び覚まされて、「ああ、あったなぁ、こいう話!」と懐かしさに感激するとともに、あらためて「悪魔の風」の伝承の不吉さを体感した。

『フェノミナ』は「風の映画」である。実質的な主役は「悪魔の風」そのものだ。木々や少女たちの服が風に揺れる映像が何度も挿入され、そのたびにこの美しい街の裏側に隠された不穏さが強調される。もちろんアルジェント映画なのでロジックも整合感も無視したトンデモ展開のオンパレードで、ヒロインのジェニファー・コネリーは昆虫と交信できる孤独な超能力少女だし、犯人の設定はいつもながらに強引で、無理に無理を重ねたような経歴が唐突に明らかになるし、ゴアシーンでは場違いスレスレのヘヴィメタルが轟音で鳴りまくるし、最終的に大活躍するのはなぜかチンパンジー!……というわけのわからない作品だが、いつものアルジェントの破綻の美学とともに、『サスペリア』などとは別種のロマンチックな詩情をたたえた傑作である(いや「駄作のアホ映画!」という意見も当時から多かったが)。

とにかく僕は、かつて『なぞの四次元』の「悪魔の風」の記事を読んで頭に漠然と思い浮かべた不穏な光景が、そのまま、というかより不吉に、本当にいやぁ~な感じで禍々しく映像化されていることに感激した。『謎の四次元』の斎藤守弘氏は「悪魔の風」を「狼男伝説」に結びつける仮説を立てていたが、アルジェントはマクレガー博士に「ここ(チューリッヒ)はスイスのトランシルバニアなんだよ」言わせている通り、「吸血鬼の故郷」の比喩を用いているのもおもしろい。

アルジェントが『フェノミナ』の着想を得たのは、初めてスイス旅行をしたときのことだったそうだ。空港も、ホテルも、街のどこもかしこも、あまりに美しく清潔で、チリひとつ落ちていないことにビックリしたという。街全体が管理の行き届いた巨大な病院のように見えたらしい。おまけに人々も温和で親切、しかも周囲には世界一美しいアルプスの大自然。このありえないほどの環境の素晴らしさに、「非常に不自然で不穏なものを感じた」という。わずかな汚れすらなく、完璧に清潔な状態は「どこかしら病的である」というのが彼の直感だったのだろう。スイスの人々からすればいわれなきアラ探しをされているようなものだが、この美しい土地に隠されている「影の部分」をあれこれ空想しながらさまざまな郷土資料やオカルト文献をあさり、「悪魔の風」のエピソードを採用したのだと思う。

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『フェノミナ』サウンドトラック(アナログ盤)。下記で解説されている「クランキーサウンド」システムが採用されており、「恐怖の立体音響!」が楽しめる珍盤。権利関係の問題で、このバージョンのサントラはCD化されていない。

 

この映画が日本で公開されたときに話題になったのは、「クランキーサウンド」という画期的な新音響システム。当時売り出されていた「FMウォークマン」など、FMラジオを聞くことができるポータブルステレオプレーヤーを映画館に持ち込み、ヘッドフォンで聴くことができる特殊な上映だった。映画内で再生される音を、観客が持ち込んだ個々の機器へFM電波によって飛ばしていたわけだ。これにより「バイノーラル録音」(人間の頭部を模したダミーヘッドを用いて立体的に録音し、実際に現場に居合わせたときに聞こえる音像をリアルに再現する)された360度の超立体音響が楽しめた。

作中には少女たちがハサミで手をグサリと刺されたり、首をザクリと切断されたり、槍で後頭部から口を貫かれたりするシーンが続出するが、その「グサリ!」「ザクリ!」といった音を、まさに身をもって「体感」できるのだ。公開前は「ヘッドホンで観る! 恐怖3倍! ショック5倍!」のキャッチコピーとともに「映画革命!」と盛んに宣伝された。

ところが……。実際はほとんどの映画館でうまく機能しなかったらしい。ヘッドフォンから聞こえてくるのはザーザー、ガーガーという雑音ばかり。結局、どこの映画館でも多くの観客がヘッドフォンを外して普通に映画を鑑賞していたという。「クランキーサウンド」という新時代の画期的システムは、この『フェノミナ』にたった一度だけ用いられ、以降は歴史の闇に消えていった。

 

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映画というメディアを変えてしまうほどの新システムのはずだった「クランキーサウンド」の解説(サントラより)。ほぼまったく役に立たないまま、映画業界では永久に「なかったこと」にされてしまった。

 

初見健一「昭和こどもオカルト回顧録」

◆第25回 人間を殺人鬼に変える「悪魔の風」?

◆第24回 「幸運の手紙/不幸の手紙」の時代背景

◆第23回 「不幸」の起源となった「幸運の手紙」

◆第22回 「不幸の手紙」のはじまり

◆第21回 「不幸の手紙」…小学校を襲った「不安の連鎖」

◆第20回 80年代釣りブームと「ツチノコ」

◆第19回 70年代「ツチノコ」ブーム

◆第18回 日本産ミイラ「即身仏」の衝撃

◆第17回 1960年代の「古代エジプト」ブーム

◆第16回 ユニバーサルなモンスター「ミイラ男」の恐怖

◆第15回 昭和の「ミイラ」ブームの根源的な謎

◆第14回 ファンシーな80年代への移行期に登場した「脱法コックリさん」

◆第13回 無害で安全な降霊術? キューピッドさんの謎

◆第12回 エンゼルさん、キューピッドさん、星の王子さま……「脱法コックリさん」の顛末

◆第11回 爆発的ブームとなった「コックリさん」

◆第10回 異才シェイヴァーの見たレムリアとアトランティスの夢

◆第9回 地底人の「恐怖」の源泉「シェイヴァー・ミステリー」

◆第8回 ノンフィクション「地球空洞説」の系譜

◆第7回 ウルトラマンからスノーデンへ!忍び寄る「地底」世界

◆第6回 謎のオカルトグッズ「ミステリーファインダー」

◆第5回 東村山水道局の「ダウジング事件」

◆第4回 僕らのオカルト感性を覚醒させた「ダウジング」

◆第3回 70年代「こどもオカルト」の源流をめぐって

◆第2回 消えてしまった僕らの四次元2

◆第1回 消えてしまった僕らの四次元1