都市伝説・オカルト

「小坪トンネル怪談」再現ドラマの衝撃/昭和こどもオカルト回顧録

テレビが流布した定番「トンネル怪談」

考えてみれば、このコラムではまだモロな心霊系の話題は一度も取りあげていない……ということに気づいてしまったので、今月から来月にかけては、僕ら世代なら誰もが知っている昭和実話系怪談の代表作(?)をふたつセレクトして、当時の子どもたちの反応などをアレコレと回顧してみたいと思う。

どちらも若い世代には「ありがち」でベタな幽霊譚としか思えないだろうが、これらの話が「ありがち」なものとなったのは、両エピソードがともに後の実話系怪談に多大な影響を与え、無数の「同じパターンの話」を生み出してしまったからである。どちらも当時の子どもたちを(いや、大人たちをも)震えあがらせ、怪談の新しい定型をつくったといっても過言ではない名作(?)なのだ。

 

まずひとつめの怪談は、僕ら世代なら「もう何度も聞いたよ!」と少々ウンザリしてしまうほどに有名なキャシー中島の「小坪トンネル怪談」だ。70年代なかばから80年代にかけて、この話はテレビの心霊特番などに何度も取りあげられ、キャシー中島さん自身が眉をしかめながら語る様子や、体験談の再現ドラマが各局で放映された。

また、大人向け・子ども向け問わず、多数の「心霊本」に「芸能人の恐怖体験」の代表として掲載されたりもしている。特に80年前後は「芸能人の恐怖体験」を特集するテレビ番組が増え(従来の一般視聴者の投稿怪談という形式が多少マンネリ化したせいか?)、僕らは毎年お盆になるたびにキャシー中島の顔を見せられていたような気がする。

同じ時期、似たような形で大活躍していたのが八代亜紀だ。彼女が九州の旅館で体験したという超ド級の恐怖体験(部屋の天井から逆さ吊りの女が降りてくる!)も大人気で、毎年のように再現ドラマになっていた。これはドラマ化するとインパクトが絶大で、僕も最初に見たときはマジで震撼してしまった。

 

キャシー中島の話も八代亜紀の話も、最初に取りあげたテレビ番組は日本テレビ系の『お昼のワイドショー』がお盆の時期に展開していた心霊特集「あなたの知らない世界」だった……はずである。「はずである」というのは、以前に雑誌の仕事でこの番組について局に取材をしたことがあるのだが、詳細な放送記録は残っておらず、フィルムやビデオもとっくにジャンクされており、当時の状況を知っている人も局内にはもう一人もいないとのことで、もはや記憶を頼りに語るしかないのである。

八代亜紀の方はちょっと自信がないのだが(しかし、80年前後に「あなたの知らない世界」で放映された「芸能人の恐怖体験」で再現ドラマ化されたのがテレビ初公開だったと思う)、キャシー中島の方はおそらく間違いない。こちらは八代亜紀の話より数年古い76~78年ごろ、やはり「あなたの知らない世界」で再現ドラマになったのが最初だったはずだ。その後、80年代を通じて数パターンの再現ドラマが制作され、記憶では同じ「あなたの知らない世界」でも80年代初頭に新バージョンが放映されていたと思う。

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書籍『あなたの知らない世界』(新倉イワオ・著/日本テレビ/1980年)。1973年から放映開始された「あなたの知らない世界」は、テレビにおける心霊特番のパイオニア的な番組だった。90年代以降のJホラーにも多大な影響を与えているのだが、これについては別の機会に語ってみたい。同番組は書籍シリーズとしてもまとめられており、立案者の新倉イワオ氏(心霊解説者として番組に出演もしていた)が、まったく前例のなかった心霊特番を企画して放映するまでの苦労などを語っている。

 

これが「小坪トンネル怪談」だ!

ところで、このキャシー中島の怪談はテレビで取りあげられる前に書籍に掲載され、一部で話題になっている。「あなたの知らない世界」のスタッフも、おそらくこの本を読んでキャシー中島にオファーしたのだと思うのだが、それが平野威馬雄(平野レミのお父さんね)が1976年に刊行した『日本怪奇名所案内』(二見書房・サラブックス)だ。本書の冒頭を飾っている記事が、たぶんキャシー中島の「小坪トンネル怪談」がメディアに登場した最初だと思う。

まさに「原典」ともいえるこの本から、「小坪トンネル怪談」の原型というか基本形の概略を紹介してみよう(「知ってるよ!」という人も多いと思うが)。

 

  • 道路沿いの怪1「鎌倉のお化けトンネル」~材木座小坪を通って逗子の背面へ出るトンネルは世にも恐ろしい空間(抄訳)

 

タレントのキャシー中島さんがこの話を披露したのは、去年の夏(刊行年から考えると74~75年ごろ?)のこと。ある雑誌の主催で「お化けを守る会」(平野威馬雄が結成していた超常現象・幽霊愛好会。水木しげる、横尾忠則、和田誠などが会員だった)の幹部たちとの「怪談座談会」(東京・田端の全生庵で行われた)の席上だった。

ある雨の夜(この体験自体は怪談の披露から10日ほど前のことだったらしい)、中島さんはタレント仲間と鎌倉にある有名なお化け屋敷(夜な夜な武士の霊などが出現するという近所でも有名な心霊スポット)を探検しにいった。ドライブを兼ねた遊び半分の企画だったらしい。ところが、その屋敷は有刺鉄線に取り巻かれ、完全に「立ち入り禁止」状態になっていた。しかたなく彼女たちは駅前の喫茶店に入って雑談する。すると、当時DJとして売りだしはじめていた仲間のひとり「K」が「ちょうど近くにお化けトンネルがあるから、そっちに行ってみよう」と言いだした。

「材木座小坪を通って、逗子の背面に出るトンネルだ。二つあるうちの新しいほうがそれなんだ」

物好きな仲間たちは即賛成。さっそくそのトンネルへとクルマをとばした。ちなみにメンバーは、発案者の「K」、新人歌手の「ケンちゃん」、そして中島さん自身と、さらにふたりの計5人。ハンドルを握っていたのは「K」だった。

クルマがトンネルにさしかかったとき、中島さんはまず異様な悪寒を感じたという。そしてトンネルの中ほどまで侵入すると、運転していた「K」が奇声をあげ、「見ろ、見ろ!」と叫びながら前方を示した。トンネルの奥から、小さな青白い発光体が近づいてくる。それは中島さんも含め、5人全員にはっきり見えたという。近づく発光体はフロントガラスの正面にぶつかると、青白い人間の手のひらに変わった。その手は一瞬後に消えてしまったが、フロントグラスにはギラギラと燐光を放つ手型の跡が残った。

慌てた「K」は加速してトンネルを抜けようとしたが、今度はクルマの屋根にドシン!という大きな音と強烈な振動が響く。中島さんは崩落か何かで岩が落ちてきたと思ったそうだ。このときに彼女は体のしびれを感じたという。クルマのなかはパニック状態になり、「K」も夢中でアクセルをふかし、ようやくトンネルを抜けた。トンネルの出口のすぐ先にガソリンスタンドが見えたので、一同はクルマを止め、そこへ駆け込む。

ところが、ガゾリンスタンドに到着したのは4人。新人歌手の「ケンちゃん」がいない。4人はスタンドのベンチに腰掛け、しばらく「ケンちゃん」を待っていた。その間、スタンドの店員に今しがたの体験を語った。スタンドの店員は「なぜか同じようなことを言うお客さんが多い」と首を傾げていたそうだ。

いつまで待っても「ケンちゃん」は来ない。しかたなく、4人は出口付近のクルマまで戻ってみた。「ケンちゃん」はまだ助手席に座っていた。両手を握りしめ、銅像のように体を硬直させ、顔を上に向けて、なぜか異様な表情で笑っている。声をかけても反応がない。慌てた4人は「ケンちゃん」を磯子の実家に連れて行った。そして、磯子区内の「S」という脳神経科病院で診てもらったところ、そのまま入院することになってしまった。

それから10日後の今日、中島さんは病院に様子を見に行ったが、いまだに「ケンちゃん」の意識は戻らない。今日も体を硬直させたまま、あのうつろな表情でニヤニヤと不可解な笑みを浮かべ続けていたという。

 

――この話を聞いたことがない若い世代の人たちも、おそらく「どこかで聞いたような話だ」と思うだろう。トンネルを走行中のクルマの屋根に響く衝撃音とか、フロントガラスに手型というパターンは、実話系怪談の常套手段的演出(?)である。このキャシー中島の体験が放映されて以降、特に「住宅の窓やクルマのフロントガラスに謎の手型がつく」という演出は無数に繰り返され、いまだにホラー映画などに活用されている。しかし、そうした演出、というか現象を最初に一般に認知させたのは、この「小坪トンネルの怪」なのだ。この再現ドラマを最初に見たときの僕らは、これらの現象が異様にリアルで新鮮に感じられた。つまり、マジで怖かったのだ。

さらに衝撃だったのが、「ケンちゃんは今も意識が戻っていないのです……」という絶望的なオチだ。これも「後味の悪い怪談」の幕切れとして今では定形になっているが、広く流布される実話系怪談に用いられたのは(いや、「用いられた」のではなく、「実際にそうだった」わけだけど)、このエピソードが最初である。「ケンちゃん」は精神が破壊されるほどの「なにか」を見てしまったわけだが、「なにを見たのか?」は、もはや狂ってしまった「ケンちゃん」にしかわからない……という聞き手を突き放す幕切れは、当時は完全に新しいオチのつけ方だった。再現ドラマを見終わった後、僕はしばらく呆然として、「この恐ろしい話をどう受け入れればいいんだ?」と狼狽したのを覚えている。カッチリと結着がつかないエピード、つまり「終わってくれない怪談」という要素に、未体験の恐怖を感じたのである。

 

次回は、最初の放映で大きくブレイクした「小坪トンネル怪談」のその後のメディア展開と、この話の背景などを探ってみたい。

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『世にも不思議なガイドブック 日本怪奇名所案内』(平野威馬雄・著/二見書房サラブレッド・ブックス/1976年)。「道路沿い」「山岳地帯」「公共施設」など、ロケーションごとに実話系怪談を紹介し、各地の「心霊多発エリア」をかなり具体的に掲載したもの。各エピソードに現場の地図なども配し、まさに「心霊スポット散策ガイド」となっている。70年代から80年代にかけて、こうした「お出かけ」目的の心霊本はちょっとしたブームになっていたようだ。ちなみに中岡俊哉も、やはり二見書房から『幽霊の住所録』という同コンセプトの新書を刊行している。

 

初見健一「昭和こどもオカルト回顧録」

◆第30回 70年代っ子たちと『恐怖の心霊写真集』

◆第29回 1974年『恐怖の心霊写真集』の衝撃

◆第28回 「コティングリー妖精写真」に宿る「不安」

◆第27回 コティングリー妖精写真と70年代の心霊写真ブーム

◆第26回 ホラー映画に登場した「悪魔の風」

◆第25回 人間を殺人鬼に変える「悪魔の風」?

◆第24回 「幸運の手紙/不幸の手紙」の時代背景

◆第23回 「不幸」の起源となった「幸運の手紙」

◆第22回 「不幸の手紙」のはじまり

◆第21回 「不幸の手紙」…小学校を襲った「不安の連鎖」

◆第20回 80年代釣りブームと「ツチノコ」

◆第19回 70年代「ツチノコ」ブーム

◆第18回 日本産ミイラ「即身仏」の衝撃

◆第17回 1960年代の「古代エジプト」ブーム

◆第16回 ユニバーサルなモンスター「ミイラ男」の恐怖

◆第15回 昭和の「ミイラ」ブームの根源的な謎

◆第14回 ファンシーな80年代への移行期に登場した「脱法コックリさん」

◆第13回 無害で安全な降霊術? キューピッドさんの謎

◆第12回 エンゼルさん、キューピッドさん、星の王子さま……「脱法コックリさん」の顛末

◆第11回 爆発的ブームとなった「コックリさん」

◆第10回 異才シェイヴァーの見たレムリアとアトランティスの夢

◆第9回 地底人の「恐怖」の源泉「シェイヴァー・ミステリー」

◆第8回 ノンフィクション「地球空洞説」の系譜

◆第7回 ウルトラマンからスノーデンへ!忍び寄る「地底」世界

◆第6回 謎のオカルトグッズ「ミステリーファインダー」

◆第5回 東村山水道局の「ダウジング事件」

◆第4回 僕らのオカルト感性を覚醒させた「ダウジング」

◆第3回 70年代「こどもオカルト」の源流をめぐって

◆第2回 消えてしまった僕らの四次元2

◆第1回 消えてしまった僕らの四次元1